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稲荷曲輪・鍛冶曲輪の石垣 堀の一部が残る甲府城

甲府城

旧地名:甲斐14PV
カテゴリー:城跡訪問日:2018.04.29
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Category6 h 1c1fee2131038aba404b917738412794dfa1d7922d1135020078f1e820b591e8100名城 

史跡の説明・感想

別名を舞鶴城とも。甲府城は甲府盆地の北部、現在の甲府市中心街の一条小山に築城された中世から近世にかけての平山城です。甲斐国では戦国期から甲府が政治的中心地となり、躑躅ヶ崎館(武田氏居館)を中心とする武田城下町が造成されますが、武田氏滅亡後に甲斐を領した徳川氏や豊臣系の大名が甲斐を支配し、甲府城を築城して新たに甲府城下町が整備されました。

豊臣政権では徳川家康を牽制する要所、江戸時代では将軍家に最も近い親藩(甲府藩)の城となりました。天守台は在りますが天守が建てられていたかは明らかではありません。

江戸時代には初期の幕府直轄領時代から甲府藩時代、享保年間に再び直轄領とされた甲府勤番時代を通じて統治の拠点になりました。

1873年(明治6年)の廃城処分となった以降も甲府は政治的・経済的中心地として機能し、甲府城は県庁主導の殖産興業政策により建物などの破却が行われ、内堀も埋め立てられて官業施設化されます。

さらに中央線(JR東日本中央本線)の開通と甲府駅(甲府城清水曲輪跡にあたる)の開業で城跡は分断されますが、戦後に城跡の発掘調査や史跡の整備が進みます。

現在は本丸・天守曲輪及び天守台・稲荷曲輪・鍛冶曲輪の石垣、堀の一部が残り、躑躅ヶ崎館(武田氏居館)と共に甲府駅周辺の観光地になっています。

史跡の住所

日本, 〒400-0031 山梨県甲府市丸の内1丁目5−4

アクセスのヒント

JR中央線「甲府」駅南口から徒歩約5分

ギャラリー

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この戦活を書いた武士

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もえ 中老

日本史が大好きです。2007年頃から京都など古都の寺社仏閣めぐりから始まり、2012年より本格的に史跡めぐりを始めました。主に日本100名城や最近では山城も。古戦場めぐりも好きです。

太平洋戦争史も好きで、あちこちの戦跡を巡っています。こちらは2015年~。
歴史上の人物のお墓めぐりも好きです。

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